安宅の音楽日記

タグ:ヴァイオリン

テレマンの「無伴奏ヴァイオリンのための 12 の幻想曲」を取り上げます。ヴァイオリンはイヴァン・ジェナティー (Ivan Ženatý)。1988 年 7 月の録音です。私の持っている CD が Amazon で見つからなかったので、MP3 版を紹介しておきます。

無伴奏ヴァイオリンと言えば、J. S. バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータが有名曲ですね。バッハは 1685 年生まれ。同曲の作曲は 1720 年とされています。一方、テレマンはバッハに先がけること 4 年、1681 年生まれ。無伴奏ヴァイオリンのための 12 の幻想曲は 1735 年の作品とされています。当時の交通事情や流通を考えるに、テレマンはバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを知った上でこの曲を書いたのでしょうか。興味のつきない所です。

さて、曲の方はと言いますと、メロディー主体で対位法的な扱いの少ない曲集です。同じ無伴奏ヴァイオリンでも、パガニーニのような超絶技巧も出てきません。素直な音楽作りですね。さりとて、バロックの雰囲気は随所に現れるので、バロックの曲が好きな人には向きそうです。

ヴァイオリニストのジェナティーはこの CD で初めて名前を知った人です。1962 年生まれとのこと。録音当時 26 歳。音楽を聴くと、もう少し成熟した感じを受けます。端正・丁寧に弾いた演奏で、特別名演とも思いませんが、この楽曲の良さは十分に引き出しているのではないかと思います。

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イル・ジャルディーノ・アルモニコのコンサート・マスターとして有名なエンリコ・オノフリのソロ・アルバム。冒頭を飾るのは、大バッハの名曲トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565。そのヴァイオリン独奏編曲版。編曲者はオノフリ自身。自作自演ならぬ自編自演です。

最初の鋭く冷たいヴァイオリンの響きから鳥肌が立ちます。メイン・メロディーは崩すことなく、力強く弾かれます。フーガに入っては不思議なことに対位法のメロディーが聴こえてきます。見事な編曲と技術です。

この CD は、とあるお宅にオーディオ訪問した際に聴かせてもらいました。めくるめくファンタスティックな演奏に虜となり、私も買ってしまった次第です。ちょっと音量を大きめにして聴くと、楽しいですよ。

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ヴィヴァルディの四季をファビオ・ビオンディ指揮エウローパ・ガランテ (1991 年録音) の演奏で聴きます。

ヴィヴァルディの四季。そのブームが巻き起こったのは 1960 年代でした。イ・ムジチ盤とカール・ミュンヒンガー盤の二つの LP で一気にブームになったと聞きます。そして、1990 年代、古楽器を使った刺激的な演奏で新しいブームが起こりました。90 年代の火付け役になったのはビオンディ盤とカルミニョーラ盤でした。今日は、そのビオンディ盤を取り上げます。

発売当時は、今までのオーソドックスな「四季」のイメージを一新したとしてもてはやされた盤ですが、あれから 20 年。彼らのスタイルを継ぐ後進らが増えたことで、目新しさは減りました。初めて聴いた時の衝撃も過去のものです。なつかしさを持って CD を聴いてみると、アクセントの付け方、ソロ・ヴァイオリンの妙技、オケとのバランス、盛り上げ方、どれを取っても音楽性が高く楽しめることが分かります。久しぶりに聴きましたが、やっぱり良いです。ビオンディ盤。

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エドゥアルド・メルクスと Spiros Rantos がヴァイオリンを弾く J. S. バッハの 2 つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV. 1043 を聴きます。1971 年の録音。

メルクスのヴァイオリンは線が細く、それでいてオーケストラの中から浮かび上がるように聴こえます。バックを支えるオーケストラはフル・オーケストラではないのでしょうか? 音に厚みがない代わりに、とてもキビキビとした演奏を聴かせてくれます。バッハの音楽を聴くのに最適なバランスです。

Rantos のヴァイオリンが少しメルクスの陰に隠れてしまっています。二つのヴァイオリンのかけ合いを楽しもうとすると、不満が残るかもしれません。逆に、メルクスのヴァイオリンを聴くのが楽しみだ、と思って聴くと非常に楽しめる演奏です。

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J. S. バッハの無伴奏ヴァイオリン ソナタとパルティータをオレグ・カガンの演奏で聴きます。

カガンは晩年のリヒテルに相手役として選ばれたヴァイオリニストです。若い頃の演奏には昔のリヒテルを彷彿とさせるようなパッションがあり、リヒテルが好んだのも分かる気がします。残念なことに、カガンは 1990 年、癌で世を去ります。43 歳でした。

この CD は 1989 年 4 月。死の一年前にライブ録音した演奏です。ライブですから、瑕もあります。カガンの演奏に、ミルシテインのような完璧さや、シェリングのような精神性、ファウストのようなバッハ観を覆す力はありません。それでは何を聴くのか。

死を目前にして聴衆の前に立つ鬼々迫る演奏を聴くのです。何度も繰り返し聴き直せるレコード (記録) ではなく、たった一度のライブとして聴くのです。ささいな演奏上のミスなど気にならなくなった時、カガンの慟哭の様なバッハへの想いが伝わってくるでしょう。

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